月夜見

    “立春からが一番寒い” 月がとっても青いから… 後日談 A
  



 なあ、あんたはサ、吸血鬼や妖怪が目の前に現れたとして、だ。何もあんたを襲って喰らおうって構えじゃあないと判ってのそれから。じゃあ、どんな接し方が出来る? 仲良くしようねと、握手までならまま出来るかも知れねぇが、あんたにとっての普通の接し方じゃあ、陽にあたって焦げるかも知れない、つないだ手の体温の差から溶けるかもしれない、そんな相手だ、やっぱどっかで…善しにつけ悪しきにつけ、気を遣わずにはいられねぇんじゃないか?


 自分が実は、普通の…この世界の大半を埋めてる人類とはちょっとばかし仕様が違うらしいというのは、物心ついたころから常に親や大人たちから言われ続けてた。ガーディエン。黄金の血を持つ者。ちょっと見はどこと言って違いなんてないのだが、治癒や再生にかかる能力が桁外れに優れており、しかもそれは自分へだけではなく。よほどに精気が濃いそれなのか、他人の傷病にも効果は絶大。そんなせいでか いつだって珍しがられ、重宝がる者もいりゃあ、人ならざる存在だと恐れる者もいて。どっちにしたって同類と見ての扱いではないままに、追われたり狩られたりという凄惨な仕打ちを受け続けることでその数は減り続けて。今となっては自分とそれから、どっかいけ好かねぇツラをした、武骨でモサい“ゾロ”とかいう野郎の二人しか、仲間内は残っちゃあいなかった。何かと進んだ科学万能な今の世に、迷信じみた畏れから俺らを追う者はもはや居ない。だが、その分、その筋の専門家とやらが、純粋に俺らの血や再生能力のメカニズムを目当てに追って来る。しかも追うための猟犬の存在も知ってる。というか、そういう連中がいるというところから、俺らの存在が芋づる式に知られたらしい。けったくそ悪い話だぜ、まったくよ。俺らがとうとう二人っきりになったのも、そいつらの執拗な追跡に大人たちが次々倒れ、倒れながらも庇われたことで逃げ続けた俺らの悪運が強かったってまでのこと。その悪運も尽きたのか、ああもうダメかと観念したそのときに、俺らを助け出してくれた人がいて。それが人生最後の大悪運かも知れないのだとしたら…やっぱ大事にした方がいいじゃないか、なあ?


  ―― とはいえ。
      そりゃあ優しく微笑ってくれるのが、
      気を遣われてのことだって判ったならば。
      そっからはどうしても興冷めしちまうのも仕方がねぇ。
      我儘なことを言ってんだってのは判ってるけど、
      こっちが常人じゃないんだから仕方がないってのも判ってるけど、
      ああそうかと気づいたその途端、
      ついついシニカルな笑い方しか出来なくなるのは、
      やっぱ俺の方が悪いんかねぇ?





  ◇  ◇  ◇



 この時期は、早朝の黎明という時間帯が一番冷え込む。朝日が顔を覗かすその直前であり、放射冷却とかいう現象が起きてのことだそうだが、朝方 そんだけ寒いと昼は晴れるというのも昔から言われてて。通年分の気象データを取ってた訳でもなけりゃあ、温度計なんてもんもなかっただろうにね。毎年のことだからと覚えてたもの、それを次の世代の人へと伝えて伝えて。そうやって暦に当てはめて来た知恵のようなものが、現今の先進の実証とぴったり重なってるってのは偉いことだよなと、心から素直に感心出来る坊やと知り合いになってしまったもんだから。

 ―― 調子狂うってんだよな、まったくよ。

 実を言や、そういうことへと素直にほおほおと感心してたのは自分もで。そしてそのたび、憎ったらしいしたり顔の相棒が、馬鹿じゃねぇのと言わんばかりの呆れ顔になるのが腹立たしくて。あんまり癪だったせいだろう、いつの頃からか、あまり物事への関心とか感動とか、表へ出さなくなっており。まま、大人になったことだし、それはそれでいいんだと苦虫噛み潰したような顔とやらで通していたところが…。

 「寒い寒い寒いっ!」

 ライオンのように雄々しくも力強くやって来て、ウサギのように一目散に去ってゆくと言われてる二月もあとわずかとなった今日この頃。挨拶代わりか同んなじ言いようを叫びつつ、自動ドアに小さな肩をぶつける勢いで飛び込んで来るのが、

 「来たぞ、ゾロっ。」
 「いらっしぇいまし。」

 ぶっきらぼうだが一応の接客モード。マニュアル通りにお返事をすれば、にっぱし笑ってカウンターへと一直線に寄って来る。黒みの強いどんぐり眼をした、ぱきーっとお元気な高校生。頬もデコも真ん丸で、まとまりの悪い髪をぱさぱささせてる、あんまりにも童顔な坊主なもんだから、一見しただけでそんな年だと判る奴は珍しいのだけれども。
「お前、ここんとこヤケに早く来ねぇか?」
「おお。ガッコが短縮授業になってるからな。」
 三年生の受験に合わせてか、先生方も落ち着けないのか、俺らまでが昼までの短縮授業でよ。
「卒業式が済んだら期末試験があっだろ? したら試験休みに入るから、そしたらそのまま春休みっ!」
 だから三学期は寒いけど好きさと、相変わらずの能天気な言いようをする彼こそは、ゾロがバイト先としているこのコンビニのオーナーの息子さんで、ルフィという男の子。学校帰りに寄ってるせいで、ウィンドブレーカー風の裾長なジャケットの下から覗くのは、いかにも制服風のズボンだってのに。時々…大学生だろか、週刊誌の立ち読みコーナーや飲料水の冷蔵庫前なんぞで、ねえねえなんて気安そうな声かけてくる奴がいるほど、ちょいと見だけでは女の子にも見えかねず。屈託なさそな顔でいつも笑っているもんだから、人の目が集まりやすいということか。この坊主が来る時間帯、妙に客足が多くなっているのもその証拠かも。
「試験が近いんなら帰って勉強しろや。」
 確か、通年の平均点がそれで決まるんだろうがよ。赤点はないから無理から頑張んなくたって平気だもん。ちゃっかりした物言いなところは、どこか剛毅な親父さんをまんま彷彿とさせるけど、

 「…俺が来ると、ゾロ、邪魔か?」
 「う…。」

 うるうると潤みが強くなったドングリ眼で上目遣いに見上げて来られると、とんでもなく非道な物言いしたような気にさせられちまって、

 「そ、そんなこたぁねぇけどよ。」

 そんなにも腰が弱かった覚えはないのだが。これまでだって、泣き落としでかかって来るよな罠をどんだけ掻いくぐって来たか知れない身のはずなのに、どういう相性なのだろか、この子のこのお顔に勝ったことがそういえば一度もないゾロだったりし。今だって、渋々のようにではあるが、執り成すような言いようをしてやってるし。そして、

 「やたっ!」

 だったら明日も来るからな、覚悟しとけよと。何しに来るんだそりゃあと訊きたくなるよな物言いをしてくださる、いつだってびっくり箱のような言動が売りの無邪気な皇子様だったりし。

 “別段、ハンター・シャンクスの子だからって遠慮するこたないんだが。”

 親父さんからも言われてる。手を焼いて仕事の邪魔になるようだったら、電話してくれりゃあマネージャーのベックマンさんを迎えに寄越すと。だってのに、そこまでの迷惑だの何だの、感じたことはないのもこれまた事実であったりし。

 「ゾロ、紙のガムテの2本セットがもう無かったぞ。」
 「オーライ。」

 外の寒さを遮蔽しているのみならず、降りそそぐ陽気にほわり明るい店内を、ぐるりして来たらしい皇子様からのご注進で、レジに鍵をかけてのバックヤードへ一旦引っ込む。いつもなら深夜から朝一番までというシフトのゾロな筈が、このところは昼下がりも担当させられてる曜日があって。客足の少ない時間帯だから面倒はないし、この時期は高校生がなかなか居着かなくてと言われてもいたが、
“…どうだかな。”
 この坊やのお守りをさせられてんじゃなかろうかとの、勘ぐりとやらもしたくなる。微妙な事情ありな家庭の、しかもその上、微妙なお年頃の坊やゆえ。とんでもない道へと突っ走らぬかが心配なのはどこの親だって変わらない。友達想いな子だから誘いを断り切れなくてのその結果、悪の道へと引っ張り込まれやしないかと、あの子煩悩な父上ならばきっと心配してもおろうから。それでの配置かなと思わないでもなかったが、

 “…まさかな。”

 だって自分は、怪しい連中から狙われてもいる身。そんな危険な存在に大事な息子をわざわざ張りつかせてどうするか。

 「…と。」

 陳列棚の一角に、小脇に抱えて来た小ぶりな段ボール箱を据え。2巻ずつ袋詰めされたクラフトテープを、値札シールを貼りつけながら棚の定位置へと詰めてゆく。そんな作業中のお兄さんの広々した背中へと、ぱふり、しがみついて来た重みがあって。
「るふぃぃ。」
「いーじゃんvv」
 誰もいないし。見てなきゃどうとかいう話じゃなくてだな。重いか? いや、そんなこたねぇが。どういうつもりか、こっちの隙を見ちゃあこんな風におぶさりかかってくる甘えたれ。それこそお年頃だから、お姉さんたちにはもはや甘えられねぇが、それでも実は甘えたくってしょうがなく。そこへと現れたのが、押しても突いても大丈夫そうなお前だったってことじゃね?と、
“人を抱きぐるみみてぇに言いやがってよ。”
 したり顔をますますにやけさせ、そんな言いようをしてやがった相棒の言を思い出したが、

 「ゾーロ。手ぇ止まってっぞ。」

 肩越しに掛けられる声に弾かれて我に返る。床間近、そのまま座り込んだ方が早いのじゃあないかというほど身を屈めていたその背中へと。いくら小柄だとはいえ、中学生には見えよう男の子をおぶったというに。微塵もぐらつかないところが物凄い。暖房があるからか、それともあんまりモコモコ着膨れるのが苦手なのか。お仕着せの上っ張りの下には、Tシャツにトレーナーくらいしか着てはないらしく。

 “…うわ。”

 身動きのたび、背中の筋骨がそれなりに盛り上がったりうねるのが、ひたりと張りついてるルフィの胸へもぐいぐいと伝わって来る。かいがら骨のところとか、背骨の両側とかの動きが特に大きくて。
「はや…。//////
 あれれ、何でかな。背中にくっついてるのにな。いい子いい子って構われてるような気持ちになる。両手塞がってるゾロなのに。顔だって棚の方ばっか向いてるゾロなのに。目の前には短髪乗っけた頭しか見えないのにさ、邪険な動きじゃないからか、それともホコホコと暖ったかいからか。こやってると気持ちがいい。

 「…こら。」
 「え?」
 「いつまで張りついとるか。」
 「あ。」

 しまったしまった、補充終わったんだ。ごめんごめんと身を起こしかかったら、何とそのまま立ち上がったゾロで。
「わっわっ!」
「軽いのな、お前。」
 落っこちないようにって、ますます ぎゅむってしがみついたのに。それでも堪えてないらしい声で、そんな憎たらしいことを言ったから、

 「悪ぁるかったなぁ。」

 相手の腰あたりへと膝を引っかけ、よいしょとおんぶの高さまでをよじ登る。わぁ、こんなことしても揺れないんでやんの。
「無茶してんじゃねぇよ。」
「されても動じない奴に言われてもなぁ。」
 登り上がった肩口に腕を回し直して。肩越し、へへぇ〜んと笑いかけたらば、怒るどころか笑ってんだもんな。やっぱ凄げぇんだ、ゾロってば♪

  ―― あんなあんな、春んなったら店の人とかと花見に行くんだ。
      ふ〜ん。
      ゾロも行かね?
      う〜ん、早起きは面倒だな。
      早起き?
      場所取りとか支度とか。そういうイベントには付き物だろって…。

 ああそっか、お前いつも、ちゃんと準備されてるトコへと行くだけか。むっ、そんなことねぇもん。荷物持ちとか、色々手伝ってるもん。どうだかな。ホントだって。じゃあ、それを拝ませてもらいに行こうかな。おお、しっかり見て行きやがれ…って。

 「ゾロって、妙なもんが好きなんだな。」
 「何がだ。」
 「お手伝い見るの好きか?」

 そういう奴が、イメクラで制服姿のお姉ちゃんを指名するんだよななどと。どこまで純真で、どこから耳年増なんだかなお言いようをしてくださって。そういやこの子の姉二人、夜のお勤めしてたんだっけと、今更ながらに思い出し、

 “ここまで天然のままに純正育成出来た環境が恐ろしい。”

 世間て広いなと、妙なところで感じた、ゾロさんだったりしたのであった。楽しみですねぇ、皆でお花見vv






  onigiri^mini.gif おまけ onigiri^mini.gif  〜お兄さんズの会話より


「見たぞ見たぞ。相変わらずあのチビさんに懐かれてんのな。」
「放っとけよ。」
「けどよ、スキンシップとか苦手だった奴が、
 あんなに引っつかれても全然平気になろうとはな。」
「お前は逆に、
 女だったら誰とでも懇ろになってたってのに、今回はやけに慎重だよな。」
「…放っとけよ。」←笑
「まあ、俺も何か調子が違うなとは思ってる。」
「ほほぉ。あんなチマイのに後ろ取られて口惜しいとかか?」
「人をいつも戦闘態勢にいる奴みてぇに言うんじゃねぇよ。」
「だってお前が言い出したんだぜ?」
「だから。
 チマイのが背中に当たってるの、うざいと思わねぇ自分が何かなぁと思ってよ。」

  「………当たってる?」
  「おお。腰あたりに こりっと。」
  「………ほほぉ。」




  〜 ど、どさくさ・どっとはらい 〜 08.2.27.


  *世慣れているようで、実はゾロさんも案外と天然だったということで。
   何か ここんトコ、天然キャラばっか書いて無いか? 自分。
(苦笑)

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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